体験談

魂再生の記録「愛はありますね。大きすぎて見えなかったんですね。」(長野県 S様)

※ メールの文面の、「かあさん」というのは、馬のことです。詳しくは新着情報に常世の解説を掲載しておりますのでご確認ください。⇒こちら
※ 常世*註とあるのは、わかりやすいように常世が註釈を入れた部分です。


(メール途中から抜粋)
あれもこれも全てが私自身。 全ての感情がここに至るまでの通り道。 現世の私が抱いている感情の通り道でした。

最期に道で血を吐いて死んでいくのに、誰一人立ち止まらず気にしてはもらえなかった男の前世。
お化けが見えると狂って、最期にレイプされて死んだ女の前世。
誰も頼れない、私には私を愛してくれる家族がいないと怨み死んでいった男の前世。
死にたい死にたいと毎日思っても自殺は出来ず、いざ死ぬときに今日じゃないのに、なんて思って死んでいった男の前世。
弟妹が目の前で崖から落ちたのを発狂しそうになりながら探し回っている最中に、私は今生きている!と快楽さえ感じている女の前世。
自分は気が弱いから、死ぬときに逃げ出しそうだからと自分に重しをして焼け死んでいった男の前世。
最後まで生き残った!!どんな凄い兵士よりも私は偉業を成し遂げたんだ!!と、口のなかに蛆をわかして息巻いて、一人寂しく死んでいった男の前世。
私を心から愛してくれる肉親さえいれば、もっと良い人生が送れたのにと心底思って死んでいった男の前世。

これらが今まで見た私の前世でした。

実は、私はかあさんにお願いをしていました。
ゆかり先生に会うときに、そばにいてね、と。
私に何か話しかけて、と。
それが「順番があった」とゆかり先生が言った言葉でした。

常世* 註 (12月に、S様から、「お話したいことがある」とのご連絡を受け、セラピーという形ではなく、ホテルのレストランでお茶をしながら、お話を伺いました。きびしい前世をいくつも経験したあとで、愛情を実感できた前世に行くという順番を、S様の潜在意識は予め決めていたのではないか、と申し上げたのです)

ここに至るまで見ていた前世が、今の私の感情に全て当てはまっている。状況こそ違えど感情は全て今に通じていた。一つ一つの前世に触れてさえも、かあさんの存在を知ってさえも、その事が私には分かっていませんでした。

そのたびに、私には悲惨な前世しかないんだ、ただそう思っていました。だから、今もそうなんだと。そういう「感想」でした。

ずっと私の頭や心の中、体じゅうに渦巻いてる、人や自分を怨み妬みする黒くて重いどろどろした川の流れがあったように思えます。今は、そう、思えます。

前世の自分が、いつも最後に、現世のSさんに言いたいことは?との問いに答えていた言葉にも、一つも私は心が動いてはいなかった。心から、分かってはいませんでした。私のような人間は、前世から腐っている。どんな前世でも腐った固まりのヘドロのような、そんなやつしか出て来ないんだ、と思っていました。

ゆかり先生の「順番」という言葉に、私はかあさんの言葉をかんじました。

全てが今の生きている私の感情。今の私です。
前世と思わせて、前世ではなく今の私です。
今の私だったんです。

常世* 註(以下は、かあさん(馬)の言葉です。S様曰く、どんどんわき出てきたそうです)
 
おまえはどうしてなかなかわかってくれないのかね
体験すればわかると思っていた。なかなか頑固で。
可愛いぼうやだったのにね。芯はそんなに頑固だったのかね。そんなことないんだよ。頑固に固まっているんだ。今は。今までは。

力を抜いてごらん頭から。背中も。力を抜くと楽になるよ。頭の後ろが楽になる。頑固なんて柄じゃあないんだよ。好きなことだけ見ていなさい。力を抜いて。

温かみを感じなさい。私の体温を。手から感じる私の体温を。思い出しなさい。あなたの右手の手のひらから、私の体温は入っていく。それを感じなさい。
良い旅をした。あなたは良い旅をしたんだよ。立派だった。途中で投げ出すとも思っていた。でも、やり遂げるとも思っていた。見事だったよ。立派だったよ。もう旅は終わり。これからはカラー、色つきの人生だよ。色がつくよ。いろんな色だ。楽しみにしなさい。あなたのそばにいる。そばにいるから。見ているよ。立派だ。私は誇らしいよ。誉めてやるって言ったろう!?これだけ誉めれば、気持ちいいかい!?ハハハ
  
私も嬉しいよ幸せだ。

体を治しなさい。治すんだ。自分でね。頑固なおまえもまた良いよ。あいしている。
人生は良いよ。
味わいなさい。
寝なさいたくさん寝なさい。そばにいるから。

嬉しくて泣くってことありますか!?
そんなことあるんですか!?
嬉しくて幸せで身体が震えるなんてあるんですか!?
熱い涙が流れます。
今は、目をつぶればすぐそこにかあさんがいるのです。私は愛されています。

頭が痒いとか手が冷たいとかそんな些細なことでも自分の身体がいとおしいのです。腐って無くなってしまえと思っていた自分の身体を。私の回りの空気にさえも感謝するのです。そんなことあるんですか!?

自分が幸せに溢れたら、その幸せを私の大事な人に分けてあげたい。
まず一番に最愛の○○ちゃん(亡くなった愛犬: 常世*註)に送りたい。感謝と変わらぬ愛とこれからのエールを。それから、主人と○○君(新しく家族になった愛犬: 常世*註)に。それから、ゆかり先生に。

私、好きなこと、やりたいことが見つかった!!と、ゆかり先生に言える日が、そんな遠くじゃなくやって来るんじゃないか、と思えるんです。

ありがとう。本当にありがとう。

私の身体の中にある、黒い川の流れ出ていった軌跡に右手から温かいものが流れ身体の芯に巡っていきます。
前世で見たどこか懐かしい景色や空気は、現世の今、見ていても心には入ってきていなかった景色や空気でした。
現世で涙を流しながら懐かしんだ前世の景色が、あの時代もこの時代も、今の私がけして心から見ようとしなかった今世の景色でした。

ゆかり先生のところに初めて伺った、昨年の春。行きの電車の中から見えた、ハッとするほど美しく清らかな景色。あれこそがパラダイスと思えるほどの、美しく理想郷の1場面に出会いました。それから二十回以上私は電車に乗り(東京の往復も電車でした)毎回必ず、すずらんの里、青柳辺りをけして見過ごさないよう窓に張り付いて眺めました。でも、あの時一度きりで、どうしても見つけられないのです。今年こそ雪が降る前にはどうしても見たくて、主人に頼み込んで、線路づたいの道を地図で探しながらドライブに連れていってもらいました。
無いんです。どこにも無いんです。緑一面の山と山の織り成す美しい景色。季節は違えど、あの山並みが消えるはずはないんです。
がく然としました。私はそこまで馬鹿なのかと。思い込みが激しいバカ者。

でも、やっとわかったんです。
あれこそが、僕とかあさんが前世で見ていた、山あいの国に住んでいた時の景色。現世の私があの時一瞬見ただけで、山々の細かい稜線や山肌のぼこぼこした美しい重なりあいを全て覚えていたのは、前世にかあさんに笑われるほど毎日毎日好きで眺めていた景色だったからでした。

前世で見たと思っていたのが、現世で見ていた景色。
現世で電車に乗っている時に見たのが、前世の景色。

不思議です。本当に不思議です。そして、壮大なものを感じざるをえません。

愛はありますね。大きすぎて見えなかったんですね。

「かあさんそばにきて」
私が言います。すると、かあさんは

『これ以上近くなんてあるかい!?心の中だよ。最高にこれ以上はないってくらいの近くなんだよ。』

そうだね。本当にそうだね。かあさん。ありがとう。

ゆかり先生 私の人生のストーリーは意外と捨てたもんじゃあなかったと思ってくれますか!?

いろいろなたくさんの人を癒してきたゆかり先生に、頑張ったと誉めてもらえたら、とってもうれしいです。

私はこれからも毎日同じ道を○○君(新しく家族になった愛犬: 常世* 註)と歩いて行こうと思います。360°の広大な山並みをながめながら。
かあさんが教えてくれたきれいな日本の色とりどりの山並みを。

今日も歩いてきました。これでいい。これでいいんだと踏みしめながら。